ああ、なんと美しく、人を酔わせる音楽なのだろうか。この美しさと陶酔をあなたに伝えるために、どんな言葉を記せばよいのでしょうか。“泥水”というタイトルには、逆説的な意味が込められているのでしょう。泥水は汚いが、そのザラザラとした泥が、水の美しさを際立たせている。また、泥のザラザラとした質感そのものが、美しさである。この逆説的な『MUDDY WATER』というタイトルが、この作品の、ダーティで、エレガントな音を見事に言いあらわしている。

 音楽の言葉で語ろう。アンビエントとビート・ミュージックとラップ。この三つが、HIDENKA x FUMITAKE TAMURA (BUN)の作品のキーワードとなる。だが、『MUDDY WATER』のトラックを担当したBUNの音は、たとえば、クラムス・カジノの浮遊感とは違うし、LAビートの潮流の後追いでもない。フライング・ロータス以降”、“J・ディラ”以降というお決まりの形容で、お行儀よく説明のつくビートメイカーではない。彼のローファイ感覚、ミキシングのセンス、不規則なビート・プログラミングのすべてが個性的だ。新しいものが正義である、というヒップホップのフレッシュの流儀を、いま日本でもっとも体現しているビートメイカーのひとりがBUNである。

 そのBUNと組むのが、HIDENKAだ。この、ビートメイカーとしても、DJとしてもずば抜けたセンスを持ち、10年以上のキャリアを持つ男が、今回はラッパーに徹している。BUNのアンビエントとビートの泥水のなかを、華麗に泳いでいる。ほとんどポエトリー・リーディングに近い表現をしている曲もあるし、最初から最後までダンディに、色っぽくキメているのがいい。なんと言っても、つるりとした声がセクシーで、その声がBUNの空間の広いディープなサウンドと抜群の相性をみせている。謎の多かったラッパー、HIDENKAの色気と人間味が滲み出てきたことは、今作の一つの大きな成果だろう。

 さて、それにしても、である。僕は何年も前から、この二人の才能に惚れているが、BUNもHIDENKAもあまりに過小評価され過ぎじゃないかと感じている。今回のアルバムが、〈blacksmoker〉からリリースされているから無条件に素晴らしいとか、そういう話ではない。2014年の最新のビーツ&ライムについて語るのであれば、絶対に聴き逃せない一枚だということを強調しておきたい。そしてこれは、あなたをきっと気持ち良く酔わせる音楽だ。





-----HIDENKAくんとBUNさんが一緒に『MUDDY WATER』を作ることになったきっかけから教えてもらえますか?

BUN : HIDENKAくんの『MIDNIGHT STONE WASH』(Tengoku Plan World名義のアルバム。2007年)っていうアルバムを、当時〈blacksmoker〉のMySpaceで聴いたんですよね。そのアルバムがすごい面白くて、他の人と全然違うことをやってる人がいるんだって思ったんです。その後、池袋の〈BED〉で初めて本人に会って、デモを渡したんです。


-----ということは、付き合いは意外に古いですね。

BUN : そうですね。僕が大量のビートをぼっと送って、そしたらけっこうやる気になってくれた。

HIDENKA : すごい量送ってくれました。100曲ぐらいいきなり。1、2曲やるのかなって思ってたから驚きましたね(笑)。

BUN : そういうことがあってなんとなく交流はしてたんですけど、震災の後にLAのアーティストと日本のアーティストが共同で作ったコンピレーションがあって、それ用に一曲作ろうということで作ったのが最初のきっかけです。


-----HIDENKAくんはビートメイカーでもあり、DJでもあるじゃないですか。いくつかのビートはHIDENKAくんが作ったり、共同で作ったりすると思ってたんですよ。でも、ラップに徹しましたよね。

HIDENKA : そうですね。一緒に作ろうという時に、もう言葉が溢れ過ぎちゃって。テイク数もすごいですよ。

BUN : ボツになってる曲もけっこうあるからね。

HIDENKA : すんごいあったね。言葉がちょっと過激になり過ぎてしまって。怒りが中和できないぐらいに。センスのない...


-----センスのない言葉が大量に出てきてしまった(笑)

HIDENKA : 感情がちょっと出過ぎちゃってるようなものをたくさん録った。

BUN : で、僕が削っちゃったりして。


-----削るというのはBUNさんの独断で?

HIDENKA : いや、2人で。もう聴いていて楽しくないっていうか。

BUN : 僕はアルバムを完成されたものにしたかったので、そこからはみ出すずる剥けのものは今回は冷静に削りました。意外に考えてることは一緒だったんで、そこはすんなりと。

HIDENKA : ビートのまったく入っていないものとか、浪曲みたいな曲とかも録ってた(笑)。とにかく言葉がたくさんあって、いろんな乗せ方に挑戦しながらラップしてましたね。震災があってから、自分が今までいた世界について……、まあ変わっていないと言えば変わっていないんですけど、掘り下げていったんですよ。そうしてるうちに、「自分は何を偉そうなこと言ってんだ」って、自分の言葉に対して思うようになって。全部出し切った後に、自分はどうして今ここにいるのか、みたいなところまで考えちゃった。でも、そういうのは音楽としてなってないから、捨てましたね。


-----言葉の意味があまりにも強過ぎた?

HIDENKA : もちろんそれなりに抑制して言葉をトラックに乗っけてるんですけど、何がしたいのかわかんないものになってしまって。自分で聴いても暗い気分になるし、世間知らず過ぎるのが、吐き出したことによってわかったんですよね。それでそこからは外れて、音楽の世界に突入していった感じですね。


-----それでも、HIDENKAくんのこれまでのラップに比べれば、言葉の意味が強いとは感じましたね。

HIDENKA : 強いですね。もう感情がだだ漏れになり過ぎて。独り善がりっていうんですか。でも、それを最初に発散しちゃったのかもしれないですね。だから、どんどん浄化されていった。


-----じゃあ、震災以降のだだ漏れの感情を発散した曲はほとんど入ってない?

HIDENKA : ほとんど入ってない。

BUN : あと、HIDENKAくんにはテンポだけ同じビートで最初にラップを録ってもらったんですよね。で、後でそのビートを全部取っ替えちゃうんですよ。


-----へーーー、そうなんですか!?

HIDENKA : ふふふふ。

BUN : 全体が見えた時に、「あ、なるほど」ってなってほしくて。





-----じゃあ、ノン・ビートでラップしてる曲もありますけど、あれもラップを録る時はビートはあった?

BUN : そうなんですよ。

HIDENKA : "Pistol" とか "Rat" は、完成形のトラックでラップしましたね。"Bboy" は完成形はビートがないですけど、ラップを録る時はビートがありましたよね。それがいきなりビートがサクッとなくなっちゃって。


-----ほおお。

HIDENKA : すんごいもう森林浴みたいな曲になっちゃって。

BUN : 最初からやりたい音楽のイメージがあったんですよね。だから、HIDENKAくんにはきちんとわかりやすいビートでラップしてもらって、僕はラップを素材として音の中に沈めて行く感じにしましたね。そういうバランスは考えました。音がブワってあるのも面白いんですけど、HIDENKAくんは、言葉が巧みなところが面白いラッパーなので、そこを自分なりに活かしたかった。


-----ビートメイカーが作ったビートやトラックがまずあって、そこにラッパーがラップを乗せるというだけの作り方はしたくなかったということですよね。

BUN : そうですね。ビートがあるとラッパーが最終的にコントロールするんですけど、それを一回僕のところに戻してもらって、構築したかったですね。


-----HIDENKAくんは再構築に関しては、BUNさんにお任せで?

HIDENKA : 完成するまではハッキリ言って、このアルバムの姿がまったく見えてなくて。

BUN : ふふっ。

HIDENKA : で、いきなりこのアルバムになってた。


-----へぇ。

HIDENKA : 不安要素だらけでしたね。どうなって行くのかなって。

BUN : はははは。


-----自分のラップがどう使われるかもわからなかった?

HIDENKA : いや、最初は少し進展があると聴かせてもらって、こっちから指摘してたんですけど、そうするとBUNさんが「まだ途中だから」ってなってた。

BUN : ははは。

HIDENKA : じゃあ、もう言わないほうがいいなってなりました。最初はそれでけっこうやりとりは多かったですけど、一曲が完成すると、俺は何も言うところがないぐらい洗練されてて、OKでしたね。最初からこれだけを聴きたかった、ぐらいの。

BUN : だから、なるべく最後の方は、途中のものを送らないようにして(笑)。

HIDENKA : それやると、二人が揉めるっていうかね。


----- "Rat"、"Pistol" にはPVがありますよね。

HIDENKA : それと、"SoulFire"。









-----PVを作って発表するというのは、ある意味でシングル的な意味合いがあるわけじゃないですか。どうしてこの3曲だったんですか? 自分たちの中で特別な何かがある?

BUN : いちばんわかりやすいシングル的な曲は、“SoulFire”だと思いますね。


-----僕もそう思います。シュールレアリスティックなATG映画のような映像がカッコいいし、HIDENKAくんが画になるダンディな色男だということがよくわかる(笑)。

BUN : "Rat" は自分たちがやりたいことと、みんながほしいものとの中間にあると思う。妥協とかネガティブな意味じゃなくて。最初はアンビエントで、ビートが入ってきて、このアルバムのなかでは、ラップとドラムとちょっと新しい音のバランスがいい曲じゃないかな。“Pistol”は、自分たちとしてもいちばん面白い曲だと思ってるし、みんなに驚いてほしい。


-----どの点が、本人たちは、創造的に作れたと思いますか?

HIDENKA : "Pistol" は進み方が一緒ですよね。普通のビートじゃないのに、言葉とビートの絡み方がずーっと止まらないで進んでる。


-----BUNさんは、『Buuuuul Shhhhhit』(2008年) では、アーティファクツとかレイクウォン、ブラック・ムーンやモブ・ディープのラップと自分のビートをブレンドしたり、『KAYABE』http://buntamura.bandcamp.com/track/space (2012年) ではロイ・エアーズの大ネタを使ったりして、しかも、それをいびつに変形させる、みたいな創作をしてきたじゃないですか。ビート・ミュージックとして、ある意味ではわかりやすいフックのある表現をしてたと思うんですよ。僕の印象では、ここ1、2年ぐらいだと思うんですけど、けっこう音楽性が変わりましたよね。音の鳴らし方も。

BUN : 単純になんかつまんなくなってきちゃった感じがするんですよ。『Buuuuul Shhhhhit』のころはビートのライヴも面白かったんですけど、今はビート・ミュージックのライヴとか観ても、良い悪いじゃないですけど、同じサウンドが多くて、そうとう飽きちゃってて。新しいビートの感じがほしいんですよね。ここ数年、アンビエントをけっこう聴いたんです。













-----アンビエントと言ってもいろいろありますよね。たとえば何を聴いてたんですか?

BUN : たとえば、僕は、ブライアン・イーノとかはあまり好きじゃないんです。面白いと思わない。アンビエントって言った時に、それは僕にとって環境音楽という意味ではなく、“ビートレス”っていうことかもしれないですね。僕にとってのアンビエントは陶酔できるものですね。例えば、CelerとかWanda groupとかCLEANERSですね。

BUN : こういうアンビエントなんかを聴いていて、とても音楽的だし、創造的だと感じて、なんで自分はこういう風にできないのかなと。それで、既存のビート・ミュージックから少しずつ遠ざかっていったんです。









-----HIDENKAくんもこのあたりのアンビエントを聴いてるんですか?

HIDENKA : たくさん聴いてますね。BUNさんが大量に送ってくるんで(笑)。

BUN : そうですね。納得して欲しかったんで。


-----「俺らがやろうとしている音楽にはこういう要素もあるぞ」と伝えるために?

BUN : そうですね。


-----『Bird』(坂本龍一主宰〈commmons〉から限定リリース。2011年)と『Minimaliam』(2013年)が、アンビエントの影響が反映された作品だと思うんですけど、アンビエント的な音楽を志向してる時期に、ラッパーと共同制作するっていうのは、一見矛盾してるところがあると思うんですね。でも、HIDENKAというラッパーと制作すれば、BUNさんの理想とする音楽と矛盾しないという確信があったということですよね?

BUN : そうです。HIDENKAくんとしかできないと思いましたね。


-----HIDENKAくんは、BUNさんのビート/トラックに、ラップを絡ませていく上で、いろんなハードルがありましたか? それとも、軽々とできた?

HIDENKA : なんか、決まり事みたいのは全部無視した感じですね。で、BUNさんの音を聴いたらすぐに乗せちゃう、みたいな気持ちで、今までやってきたものを信じてやりましたね。あとは、その時代をそのまんま綴ったというか。今を綴って、今を語ったっていうだけですね。それが、自然と挑戦になってるんですよね。俺らは新しいことをやりたい。あとは、逸らしちゃいけないキーワードを出す勇気ですね。


-----HIDENKAくんが、このノン・ビートの中を、よくこんなに華麗に泳いで行くなって感心してたんですけど、最初にビートがあったと聴いて、なるほどと思いました。

BUN : そうですね。アンビエントを聴いてる感覚とビート・ミュージックを聴いてる感覚はもちろん違って、その両方の感覚をHIDENKAくんとやるアルバムで表現したかったですね。トラックがあって、ラップがただ乗ってる、みたいな音楽は作りたくなかったですね。


-----HIDENKAくんから見て、BUNさんのビートメイカーとしてのオリジナリティや凄さはどこにあると思いますか?

HIDENKA : このアルバムでBUNさんが出してる透明な感じを生み出すのは本当に難しい。BUNさんは、いろんな音を一曲に入れ込んでも、それを一つにしちゃうというのがすごいと思いますね。実際に自分でやってみてもできない。すべての流れとサンプリングしたものとビートとか、すべてがバラバラになってしまうっていうか。だから、BUNさんの領域に行くには音の帯域とか、そういうものを把握しないと絶対できないと思う。感覚的に二枚使いやってるような感じじゃ絶対できない。がさつの音はもちろん大好きですけど、少しの鼻息だけでも乱れてしまいそうな透明感を生み出すのはそうとう難しい。それをBUNさんはやってる。

BUN : アンビエントというのが聴く人の態度だとしたら、テーマは透明だったんですよ。それで、『MUDDY WATER』っていうタイトルになった。最初からWATERなんとかっていう題名にしようって言ってましたし。

HIDENKA : 人間のやましさとか濁らせてしまうような感情がそこにあって、でも、それも嫌だから、魚になろう、みたいな話をしたのを覚えてる(笑)。沈殿物的なものは絶対あるから、濁って見えないものをちゃんと見えるようにクリーンにしようと。汚しちまったかわりにきれいにするっていうのかな。そんなことを考えながら付けたタイトルだったけど、レッドマンに『MUDDY WATERS』ってアルバムがあるから、そこから取ったのかと思ったって言われたりしたけど(笑)。



----- 2014年3月1日、都内某所にて(立会人/文/構成:二木信)-----


HIDENKA
BLACK SMOKER RECORDS所属、ヒップホップを出発点に音楽活動をスタートしたMC/プロデュー-サー。KILLER-BONGが太鼓判を押すその才能は間違いなく確固たる唯一無二の-世界観を魅せつけている。別名義のソロプロジェクト「天国プランワールド(TENGO-KUPLANWORLD)」、GOUKIとのラップグループ「DOOBEEIS」、最-近では国内のインストゥルメンタル・ビートミュージックに焦点を当てた「Lazy Woman Music」への楽曲提供など様々な名義やスタイルで作品をリリースし続けている。
http://tengokuplan.cart.fc2.com/ca10/34/p-r-s/

FUMITAKE TAMURA (BUN)
その音楽性で世界中から高いリスペクトを集め、国内外のレーベルから作品のリリースを続けている国内屈指のアーティスト。音の隙間に浮かび上がるノイズにさえ音楽的な表情を与えてしまう音の構築は、2012年の「Bird」、そして2013年の「Minimalism」といったソロ・リリースを経てひときわ研ぎ澄まされ、音響の彫刻として目の前に立ち上がる。最新のBeatモードを軸としながら、その音楽は映像的と例えられ、最近では、映像作家 さわ ひらき の新作 “Lenticuler”の音楽を制作し、スコットランドのDundeeギャラリー、東京のオペラシティ ギャラリーにて展示された。また、自身のレーベル "TAMURA" からの作品のリリースだけでなく、ヘヴィーなビートを抱えてL.Aの伝説的パーティー Low End Theoryへの出演、LA Dublab, SonerSound Tokyo等でもLiveを行った。
http://fumitaketamura.com/Fumitake_Tamura.html


BLACK SMOKER RECORDS presents HIDENKA × FUMITAKE TAMURA(BUN) MUDDY WATER release party

日程 : 2014年4月12日(土曜日)
時間 : 17:00開演
値段 : 1,500円
場所 : BATICA (http://batica.jp/sche_live/sche20140412.html)

【LIVE】HIDENKA × FUMITAKE TAMURA(BUN), KILLER BONG
【DJ】TADANAE, MIYA, JOMO
【Exhibition】Ippei okuda, Yohei
【VJ】IROHA